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金沢大問題を知るために

 はじめに

 卵巣がん患者(K子さん)が残した思いを遂げるために遺族が起こした「インフォームド・コンセント訴訟」――これが金沢大学病院を巡る問題の始まりです。病院の抗がん剤投与の臨床試験では、投与する患者を「あみだくじ」で決め、患者に内緒で行うという、まさに「人体実験」が行われていました。
 その事実を知った産婦人科の打出喜義医師は、大学病院の教授に直訴して、「試験のやり方はおかしい」と異議を唱えましたが、認められず、教授からは「大学に居たいならば目をつむれ」との忠告を受けました。
 打出医師の考えを変えるきっかけになったのは、K子さんが1998年11月にT弁護士に宛てた手紙でした。

抗がん剤治療の苦しみは言葉にならないほどに辛いものでしたが、がんを治すためと信じて一生懸命に耐えてまいりました。しかしそれが実験の一つだったことを知りました。いろいろな薬を私たち患者には何の説明もなしに使い分けていたのです。このようなことが許されるのでしょうか。(中略)大学病院の中で、このようなことが秘密のうちに行われることは、今までの実験材料になってきた人たちのためにも、またこれから大学病院を信じて体をあずける人たちのためにも、明らかにしなければならないことだと思います。

 「真相を明らかにしてほしい」というK子さんの遺志を託された以上、選択肢は1つしかないとの思いで、遺族は1999年6月、当時の大学の管理者である国を相手取り提訴しました。
 金沢地裁は、担当医が患者に無断でクリニカルトライアルの対象症例として登録し、実施する化学療法の内容をプロトコールに基づいて無作為割付で決定したことに対し、患者の自己決定権を侵害したとして、慰謝料の支払いを命じました。
 しかし、教授の意に反して、患者遺族側に立ったことで、打出医師は大学病院内で「内部告発者」として冷遇され続けています。大学側の処遇に対し、打出医師は学内のハラスメント防止委員会に申し立てをしましたが、満足のいく結果は得られていません。
 多くの病院が「患者中心」や「患者本位」などの基本理念をうたっていますが、医療従事者が患者のために本当に良心に基づいた行動をとると、「内部告発者」というレッテルを貼られ、不利益をこうむることがある実情を知ってください。

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目次

1:金沢大問題の経過
2:厚生労働大臣らに宛てた打出医師の上申書
3:週刊金曜日記事
4:参考資料一覧

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1: 金沢大問題の経過

【1997年】

5月   最寄の病院でK子さんの子宮筋腫が見つかり、子宮全摘出手術を受ける。
11月 金沢大学医学部附属病院で初診を受けて、卵巣がんが判明。
12月   卵巣がん手術

【1998年】

1月 抗がん剤投与開始。1週間後から発熱。
2月  カンジタ血症発症。
4月  打出医師と知り合う。
6月 転院
11月 K子さんがT弁護士へ「病院を提訴したい。」という内容の相談の手紙を出す。
12月 K子さん死亡

【1999年】

6月 遺族が国を相手取り、金沢地方裁判所へ提訴。

【2003年】

2月 原告ら勝訴。金沢地裁が被告の国に対し、165万円の賠償を命じる。
<金沢地裁第二部平成11年(ワ)第307号 損害賠償請求>
3月 被告、控訴

【2005年】

4月 高裁でも原告ら勝訴。「患者に無断の薬の臨床試験は『非』」と確定する。
<名古屋高裁金沢支部 平成15年(ネ)第87号 損害賠償請求控訴事件>
しかし、高裁判決の「この臨床試験の抗癌剤の「高用量」部分は医師の裁量権の一部だから、患者への説明は不要」とする部分が、患者の自己決定権を侵害するとして上告中。

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2:厚生労働大臣らに宛てた打出医師の上申書

2005年9月27日
内閣総理大臣          小泉純一郎殿
厚生労働大臣          尾辻 秀久殿
治験のあり方に関する検討会   委員 各位殿
未承認薬使用問題検討会議    委員 各位殿
先進医療専門家会議       委員 各位殿
ヒト幹細胞を用いた臨床研究の
在り方に関する専門委員会    委員 各位殿
ヒト胚研究に関する専門委員会  委員 各位殿
厚生労働省医薬食品局長     福井 和夫殿
厚生労働省保険局長       水田 邦雄殿
厚生労働省医政局長       松谷有希雄殿
厚生労働省健康局長       中島 正治殿
厚生労働省医薬担当審議官    黒川 達夫殿
文部科学省 生命倫理・安全部会、
特定胚及びヒトES細胞研究専門委員会
人クローン胚研究利用作業部会  委員 各位殿 

既承認薬のランダム化比較試験は臨床研究ではないので被験者のインフォームドコンセントは必要ない、とする国および治験の権威者の見解を問い、被験者保護法の確立を求める上申書

金沢大学病院 産婦人科 打出 喜義

拝啓
 「第5回治験のあり方に関する検討会」(2005年7月22日開催)他検討会において配布され、議事次第に「当日配布資料」として掲載された、福島雅典教授、増田聖子弁護士、光石忠敬弁護士連名の意見書(2005年6月28日付:http://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/07/s0722-4.html)において、私が関与してきた裁判について言及されていますので、その裁判において国や治験の権威者が「既承認薬のランダム化比較試験は臨床研究ではないので被験者のインフォームドコンセントは必要ない」との趣旨の見解を示してきた経緯の概略につきご報告申し上げると共に、福島氏ら意見書と同日提出された他の2つの意見書にもあるように、被験者保護のための法的管理体制整備の必要性を、私自身の経験から上申いたします。貴会において是非ご検討下さいますようお願い申し上げます。

敬具

* 本上申書は、「第5回治験のあり方に関する検討会」同様、各委員会委員および傍聴席に配布し、委員会ホームページに掲載いただけるようお願いいたします。当方においてもインターネットにて公開し、報道関係者にも配布いたします。

◇上申の趣旨と理由

 私は、現在も勤める現国立大学法人金沢大学・医学部附属病院で1998年に行われた「同意無き臨床試験」裁判に、被験者ご遺族の証人として関わって参りました。その裁判では、国をはじめ、臨床試験の指導的お立場であられるA教授、B教授、C教授の三氏がお揃いになって「保険収載された薬のランダム化比較試験は臨床試験ではないので被験者の同意は必要ない」とするような意見を述べられました。
 国は、平成15年9月12日の控訴審第1準備書面において「本件クリニカルトライアル」について、「症例登録されてもされなくても、受ける治療内容に差異がなかったのであるから、殊更に説明を要するべき事項ではなかったと考えられる」と述べ、平成16年11月1日付最終準備書面では「本件当時(筆者注:1998年)は、現在ほどインフォームドコンセントに対する意識は高くなかったことを考え併せれば、・・・本件当時、文書によるインフォームドコンセントを得るべき義務があったとは、到底認められない」と述べています。またA、B、C教授の三氏は、「クリニカルトライアル」とプロトコルに題されランダム割付の実施された本件が、市販後の薬剤を対象としていることから、被験者の同意は必要ないとして国を支持する見解を述べています。
 1979年に批准された国際人権自由権規約は、同意のない科学的・医学的実験をいかなる場合にも禁じています。また本件が新GCP成立後の市販後臨床試験であったことからしても、新GCP以降治験は適切に行われているので治験の規制緩和が必要だとする見解、治験以外の臨床試験の法的管理は必要なしとする見解は、問い直す必要があると断じざるをえません。
 以下にその裁判経過概略を記し、以下3点から被験者保護法制定の必要性を上申すると共に、文末にヒト胚・胎児研究と関連して補足意見を述べます。

(1) 施設審査委員会の機能不全:被験者保護法に基づく公的第三者機関としての審査体制設立の必要性

(2) 国及び国立大学法人の臨床試験についての意識:「治験」以外の臨床試験の法的管理体制の必要性

(3) 臨床試験の権威者の意識:「治験」における被験者保護のあり方を問い直す必要性

注:
A教授:X医科大学産科婦人科教授、日本M学会幹事長・評議員、日本N学会評議員、日本O学会理事、P共同研究会・Qプロトコル委員長。
B教授:Y大学医学部附属病院臨床試験管理センター・センター長。
C教授:Z大学教授・医学部附属病院薬剤部長。

◇裁判経過の概略と上申および理由の詳細

1 <裁判経過概略>

 1997年の新GCP成立後の1998年、現国立大学法人金沢大学産婦人科では、製薬企業から委託された臨床試験および市販後調査が行われていました。1999年6月、その臨床試験の被験者に無断登録された患者がこれら臨床試験でのインフォームドコンセント不備を提訴し、3年8ヵ月の審議の末、2003年2月の地裁(金沢地方裁判所第二部平成11年(ワ)第307号 損害賠償請求)
http://courtdomino2.courts.go.jp/kshanrei.nsf/webview/6D5CBC2425CF3A3E49256CE8003448A1/?OpenDocument
は、「患者は,主治医が,患者のために最善の治療をしてくれていると信じて苦しい抗がん剤治療に耐えてきたのに,本件クリニカルトライアルに登録されていたことを知り,自分に対する治療が一種の実験だったと理解し,激しい憤りを感じたことが認められる。」と判示し、クリニカルトライアル(臨床試験)の無断登録事実を認め、その精神的苦痛の慰謝が必要と認定しました。
 ところが被告であった国はこの判決を不服と控訴しました。控訴審の第一準備書面には「本件クリニカルトライアルに症例登録されることについての説明を受けるべきであったかどうかについては、症例登録されてもされなくても、受ける治療内容に差異がなかったのであるから、殊更に説明を要するべき事項ではなかったと考えられる」と記されていたのです。2年2ヵ月に及ぶ審議の末の2005年4月、高裁においても(名古屋高等裁判所金沢支部 平成15年(ネ)第87号 損害賠償請求控訴事件
http://courtdomino2.courts.go.jp/kshanrei.nsf/webview/4A2BFEE0DA9D6BAD4925702E00030C6F/?OpenDocument)、「本件説明義務違反は,本件クリニカルトライアルの目的,本件プロトコル(研究計画書)の概要,本件クリニカルトライアルに登録されることが患者に対する治療に与える影響等について説明をし,その同意を得なかったことにあるところ、・・・患者は,本件説明義務違反により,相当程度の精神的苦痛を被ったものと認めることができる。」と、地裁判決と同様「臨床試験の被験者に対する説明義務違反」が認定されました。
 控訴人の国立大学法人金沢大学はこの高裁判決を受け入れましたので、この認定部分は確定しました。しかし患者側は、「この臨床試験の抗癌剤の「高用量」部分は医師の裁量権の一部だから、患者への説明は不要である」とする高裁判決部分は、患者の自己決定権を侵害するものとして上告しています。

2 <(治験以外の)臨床試験を法的に管理する必要性>

以下の3点より、臨床試験の法的管理が必要であると思われます。

(1)施設審査委員会の機能不全:被験者保護法に基づく公的第三者機関としての審査体制設立の必要性

 臨床試験実施の際には、施設(倫理)審査委員会(IRB: Institutional Review Board)の承認が必要となって来ましたが、大学病院と言った多士済々が委員としてそろう施設においてさえ、このIRBは充分機能しているとは言えません。
 と申しますのは、臨床試験申請者は各施設の当該分野第一人者であるのが通例ですので、IRBの委員には、その第一人者が申請した臨床試験の(一般的瑕疵は指摘可としても)専門的問題点の指摘が出来ない場合が往々だからです。
 金沢大学病院で行われた臨床試験に関するX医科大学産科婦人科教授・A氏意見書には「CP療法及びCAP療法はどちらも卵巣がんに対する優れた抗がん化学療法で、昭和60年頃から現在にいたるまで、多くの施設で行われている標準的医療であります。よって平成10年の時点において、奏功率を比較する臨床試験(無作為化比較試験)の対象とはならないことを証言いたします」と書かれていました。
 A教授からすると“対象とはならない”臨床試験でも、金沢大学病院では産婦人科教授が申請すれば、それが「臨床試験」として行われたという現実がありました。(なお、A教授は、“対象とはならない”臨床試験を実施することの非倫理性には触れず、国を擁護する証言をしています。)
金沢大学病院で行われた臨床試験では、そのプロトコルに「説明と同意」の必要性が明記されていたにも拘わらず、実際には、臨床試験に関するインフォームドコンセント無しに患者さんは被験者にされていました。このような現実にも当大学IRBは、インフォームドコンセント違反を訴えた裁判がおこるまでは何も知らないような状況にありました。国立大学病院IRBでさえこうした現実ですので、中小病院IRBで充分な被験者保護が出来るかとの疑念は禁じ得ません。
 IRBの設立主旨は被験者保護にあると思います。ですから、まず臨床試験プロトコルの科学性・倫理性についての審査は、利益相反の面からも、被験者の保護を直接の目的とする法律を根拠法として設計された、施設から独立の、公的第三者機関としての「セントラルIRB」に任せるようにすべきです(もっともこれは、現行GCPの規制緩和策としての、施設ごとの重複審査による業務負担軽減を目的としたものとなることは許されません。そのような設計では、機能不全の現行IRBが、さらに数が減ることにより一層機能しなくなるという結果にしかならないからです)。
 ですから「セントラルIRB」は、被験者保護を目的とする法律に拠り、アメリカの「被験者保護局」のような中央組織を伴う法設計とすべきです。そして各施設のIRBは、そこで行われる臨床試験の被験者保護に目を向け、被験者のきめ細かなケアを目指す体制となることで初めて、被験者の尊厳及び人権は守られるのだと私は思います。

(2)国及び国立大学法人の臨床試験についての意識:「治験」以外の臨床試験の法的管理体制の必要性

 新しい薬剤の承認申請を目的とする臨床試験(治験)の場合、その新薬が既存薬より有効か否かは治験終了まで未知であること、また、治験開始前には未知の致死的有害事象が見つかる場合もあることなどから、治験被験者保護の目的で「薬事法」の下に、治験は行われて来ました。
 ところが治験以外の「研究者主導の臨床試験」では、それに用いる薬剤が保険収載済みの場合には「医師の裁量」の名の下に、その被験者となる患者の了解もなく、薬剤添付文書に未記載の用法・用量を「試験」する場合がありました。金沢大学病院での臨床試験は、まさにこの例にあたります。
 こうした「臨床試験」全般の適正推進を目的として、平成15年7月厚労省は「臨床研究に関する倫理指針」(告示第255号)(http://www.imcj.go.jp/rinri/index.html)を策定し、インフォームドコンセントの必要性を明記しました。しかしこの倫理指針を告示したその年に、皮肉にも国は「臨床試験でのインフォームドコンセントの必要性」を判示した金沢地裁判決を不服とし控訴したのでした。平成16年11月1日の控訴人最終準備書面には「本件当時は、現在ほどインフォームドコンセントに対する意識は高くなかったことを考え併せれば、現在の基準(「臨床研究に関する倫理指針」を指す)であっても、本件クリニカルトライアルが文書によるインフォームドコンセントの対象にならないと考えられる以上、本件当時、文書によるインフォームドコンセントを得るべき義務があったとは、到底認められない」と記されていました。この国の主張は、「臨床研究に関する倫理指針」が有名無実であることを示します。
 このような現況にあって、「高度先進医療」の名のもとに、実験段階の医療技術、未承認の細胞治療などが推進されています。「高度先進医療」に申請するための症例を集積する過程においては、被験者を保護する法的管理体制はありません。そのような中で、医師(研究者)の思いつきの療法を、充分な説明もなしに薦められた患者が声を上げ始めているという報道も続いています。「藁をもつかむ思い」の患者が、医学的エビデンスのない医療に高額な治療費を自費診療として支払わされている例もあるようです。
 現行の「治験」において、臨床試験の科学性と倫理性を確保するための方法が確立されたと考えるのであれば、その体制を「治験」以外にも広げていく方策の検討は、「治験のあり方に関する検討会」の責務であると考えます。

(3)臨床試験の権威者の意識:「治験」における被験者保護のあり方を問い直す必要性

 「同意無き臨床試験裁判」の経過中、「治験」「臨床試験」について指導的立場にある権威の方々からの意見書が出されました。A教授、B教授、それにC教授からのものです。これらの方々の意見書は以下のようなものでしたので、その一部を転載致します。

◇A教授意見書(乙第31号証、平成13年1月20日):
「CP療法及びCAP療法はどちらも卵巣がんに対する優れた抗がん化学療法で、昭和60年頃から現在にいたるまで、多くの施設で行われている標準的医療であります。よって平成10年の時点において、奏功率を比較する臨床試験(無作為化比較試験)の対象とはならないことを証言いたします。金沢大学医学部附属病院産科・婦人科で採用されている用法・用量に関しても保険適応内の妥当な治療であって、例え事後、両療法の治療成績を集計し比較したとしても、何ら問題のない自主研究の範疇であると考えます。」

◇B教授意見書(乙第34号証、平成13年6月27日):
「第2で「市販後調査」について縷々説明したところであるが、卵巣がんをはじめとするがん腫の化学療法による好中球減少症の患者に対して、ノイトロジン製剤(保険適応内)を投与し、後日にこれを検証することは、あくまでも前記第2の(2)の特別調査に位置付けられ、打出医師の陳述書で言う「臨床実験」に該当しないことは明らかである。」

◇C教授意見書(乙第35号証、平成13年6月28日):
 「さて、本件で問題となっているノイトロジンでありますが、この薬は平成3年の発売当初から卵巣癌を初めとするいくつかの癌腫に対する化学療法による好中球減少症が適応の顆粒球増加薬です。従って、例え、平成9年末に受診・加療した本件対象患者に本剤が使用されたとしても、保険適応範囲内であり、なんら問題視されるべきものではないと思います。また、市販後調査として、特別調査IIを実施していたとしても、本件においては、上記のとおり、本剤を保険適応内で使用していることから、特別調査IIの内の試験には当たらず調査に該当し、患者からの同意取得は義務付けられていません。」

 A教授意見書で言及されたところの、CP療法及びCAP療法を比較したクリニカルトライアルのプロトコルの目的には、「卵巣癌の最適な治療法を確立するために、II期以上の症例を対象として、今回高用量のCAPとCP療法で無作為比較試験をすることにより、患者の長期予後の改善における有用性を検討する。あわせて高用量の化学療法におけるG-CSFの臨床的有用性についても検討する。」と記されていました。
 同時に行われていた「ノイトロジン 特別調査II (卵巣癌)」の目的には、「Intensify CAP/CP療法におけるノイトロジン注の投与タイミングの検討を、好中球回復効果及びQOL(発熱等)によって検討すると共に、ノイトロジン注併用により本化学療法が完遂出来るか否かについて、その際の奏効率及び安全性と併せて検討する」と書かれており、またこのプロトコルには、この調査を委託した企業による以下のような記載もなされていました

(下記下線は、そのプロトコルに記載されたまま)。
「III.被験者に対する説明と同意
 試験担当医師は、本試験の実施に先立ち原則として患者本人に対し,下記の事項について十分に説明をした上で、自由意思による文書での同意を得る(未成年者の場合は法定代理人)。本人に説明が出来ない場合には、家族(法定代理人)に良く説明し、文書による同意を得る。同意は説明した医師と説明を受けた患者の署名捺印、同意を得た日付を記載した文書として保存する。また、代理人による同意の場合は、同意に関する記録とともに同意者と患者本人との関係についても記録を残す。
  1)本臨床試験の目的および方法
  2)予期される効果および副作用
  3)他の治療法の有無およびその比較
  4)患者が試験の参加に同意しない場合であっても不利益を受けないこと
  5)患者が試験の参加に同意した場合であっても随時これを撤回できること
  6)その他患者の人権保護に関し必要な事項
  7)その他」
 これら事実からすると、A教授、B教授、C教授のご意見は承服しかねるものですが、もし、治験や臨床試験について指導的な立場にある各氏のご意見がここに示されたとおりであるならば、現行体制下の治験における被験者の保護も実質的に確保されていると言うには疑わしいと思わざるをえません。

3 <むすび>

 昔は、酷い臨床試験がたくさんあったが、新GCPが成立した1997年以降の「治験」は適正に行われているので、施設ごとの委員会に申請する手続きの煩雑さを解消する意味からも、治験の規制緩和が必要とのご意見があるようです。
 こうしたご意見が大きく反映されてか、金沢大学病院で行われていた「臨床試験」には、同意原則すら適用しなくても良いと国(後に国立大学法人)は裁判で主張しました。また、現在の治験に関わる権威者三氏もそれを支持するかのような意見書をお出しになりました。
 たしかに我が国の発展を考えるとき、治験や臨床試験の推進は図られるべきでしょう。しかし、その推進は被験者あってのものです。ですから上述のような被験者軽視ともとれる「国」や「権威」の迷妄を糾すには、まず第一に、諸外国にあるように「人を対象とする研究」・「臨床試験」の法的定義を明確にすることにより国民的コンセンサスを形成し、内実のある被験者保護体制と臨床試験の信頼性確保のために「法的管理体制」整備が喫緊であると考えます。
 以上より「被験者保護法」制定に向けての検討を最優先課題とされることを上申する次第です

<補足意見>

 本上申書を準備中に、「ヒト幹細胞を用いた臨床研究の在り方に関する専門委員会」の再開、「ヒト胚研究に関する専門委員会」の新たな開催について知りましたので、文部科学省「生命倫理・安全部会」「特定胚及びヒトES細胞研究専門委員会」「人クローン胚研究利用作業部会」にも合せて、被験者保護法制定の必要性を上申いたします。
 かねてより私は産婦人科医として、胚や中絶された胎児の再生医学への利用について、現在のような法的管理体制のない中で早急に容認する制度設計に対し異論を唱えてまいりました。2002年の胚利用についての新聞投稿1に応じて、京都大学再生医科学研究所の倫理委員長をなさっていたD氏より、私の所属する医学部長宛に私の辞職を迫るかのような手紙が届けられたこともございましたので6、生命倫理専門調査会ではES細胞研究は適正に行われているとの結論のもとにクローン胚作成を容認する見解が示されたことに対しては、私は疑問を感じております。
 その後、文部科学省・厚生労働省にまたがって審議会が開催され、ボランティアからの卵子提供の是非が、有償提供の是非も含め議論されているようですが、これは女性の尊厳を大きく損ねかねない方向であり、その現場を知る産婦人科医の一人としてこの方向は容認できるものではありません。ボランティアへの卵子提供依頼を正当化しうる医学的意義があるかどうかを論じるとすれば、それは縦割りの審議会ではなく、国会で、国民的合意を形成しうるかどうかの議論が必要と考えます。上記生命倫理専門調査会報告書に反対意見書を出された法律家の方が、審議会では法制化の必要性を唱えることを控えておられるご様子と側聞致しますが、我が国の生命倫理面からも、十分なご議論をお願いしたいと思います。
 「ヒト幹細胞」の委員会では、中絶胎児の利用についての検討は別の委員会を設けて行うとされたようですが、同意能力のない人から組織や細胞を採取して行う研究を、現行のような法的管理体制のないまま容認する「指針」は、例えそれにどんな厳しい条件を設けたところで、その条件を研究者に遵守させる実効性、罰則など、がないとなれば、全く意味がないと考えます。
 どうか、一刻も早く、このようなバラバラの縦割りの行政指針でごまかすようなことなく、国会審議を経て被験者保護法制を確立する方向へと、行政側からも方策を検討していただけますよう、お願い申し上げます。

以上

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3:週刊金曜日記事

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4:参考資料一覧
  • 打出喜義「直言」:『ES細胞研究、慎重に審議を』 
    朝日新聞 2002.10.2
  • 打出喜義「読者交論」:『内部告発者の扱い 積極的な保護を望む』 
    東京新聞 2003.5.14
  • 仲正昌樹、打出喜義、仁木恒夫.
    『人体実験』と患者の人格権 ―金沢大学付属病院無断臨床試験訴訟をめぐって―
    御茶の水書房、2003、35 - 61
  • 打出喜義 大学病院における「人体実験」と患者の人権―金沢大学付属病院無断臨床試験をめぐって―
    月刊情況 2004年4月号、70 _ 87
  • 打出喜義「患者の同意を得ない臨床試験(人体実験)」が現実に行われている.
    患者のための医療、2004年第9号、84 _ 94
  • 打出喜義 学問の自由と研究者の倫理―ある産婦人科医の体験
    臨床評価、2004年、vol.32、Suppl XXI、63 _ 74
  • 打出喜義 カルテ改ざん
    さいろ社、2004年、62 _ 65
  • 「こちら特報部」:『被験者保護法制定訴え』『勝手に実験・・・医の倫理は?』
    東京新聞 2005.3.5
  • 「朝日新聞・石川」:『遺族支えた医師の信念』
    朝日新聞 2005.6.2

その他

ア 判例時報1841、122 _ 135頁
イ 判例時報1861、173 _ 177頁
ウ 年報医事法学20号、122 _ 131頁

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